民主党愛知県第4区総支部
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とね勝之の政策

とことん、ねばり強く取り組む とね勝之の“三本の矢”

 

01、老後の安心こそ、最も効果的な経済対策

年金や福祉、社会保障に不安を感じているから、年金の未払いが横行したり、高齢の方が、なお老後のことを心配したりするいまの日本。国民に見え、納得でき、安心できる制度へのつくり直しこそ、消費を拡大し、生活を楽しみ、安心して暮らせる日本が実現し、根っこから日本を活性化する最も効果的な経済対策。とねの“一の矢”です。

02、政治家、公務員の汚職、癒着、犯罪厳罰強化で、政官に“あたりまえ”を取り戻す。

汚職、癒着はもとより、当選することだけを目的に、政党をころころ変えたり、発言や考え方が二転三転する政治家が多い世の中で、とことんねばり強く“やるべきこと”にひたすら正直に進むことが、私の有権者の皆さんへの約束です。だからこそ、公職、公務にある人間の汚職や癒着が、厳正に処罰される法整備を行い、政治倫理を確立し、“悪いことしても辞めない”今の議員、公務員を“悪いことしたら辞めさせる”あたりまえの実現が、とねの“二の矢”です。

03、政治が近くにあれば、もっと無駄のないきめ細やかな政治ができる。

東京から全体を見回すのではなく、近くから身近なところに政治のきめ細かさを届けられる政治構造へと変えるのが、とねの“三の矢”です。権限やお金を国から身近な県や市に移譲することや、政治の規模そのものを改める道州制を推進し、身近な政治につくりかえます。

民主党愛知県第4区総支部の仲間

とね勝之インタビュー

とね勝之ってどんな人?

名古屋市港区の船舶食糧品商、「とね商店」の長男として生まれました。両親ともに働くとね家には、2つの教えがあります。

① 人さまに迷惑をかけない
② 勝之よ、大志を抱け

父は、「家業に縛られなくていい。おまえは自分の道を行け」と常々言ってくれていました。商売をしている両親の影響もあり、小さいころから世話好きで、学級委員や生徒会長を率先してやる子どもでした。

なぜ政治家になろうと思ったの?

きっかけは「ロッキード事件」総理大臣の汚職事件でした。当時小学生だった私は、学校の先生に質問をしました。「どうして総理大臣が逮捕されるようなことするの?」すると先生は「とね君が将来、総理大臣になって正しい政治をしたらいい」と言われました。その言葉が、私が「政治」を意識した瞬間でした。

小学生の頃は「夢」だった政治家。高校生になると、「どうやったらなれるのか」と考えるようになりました。志を抱いたものの、政治家になるのは狭き門。親が政治家で2世、3世議員になる、もしくは国会議員の秘書か、マスコミの政治担当記者になって、その後政治家へ転身。これくらいしか思いつきませんでした。そこで私は「マスコミから政治家になろう!」と、マスコミへの就職に強い早稲田大学政経学部へ入学。しかし就職活動ではマスコミ系への就職は叶わず、三菱信託銀行へ就職しました。

入行した平成6年は、バブル経済が崩壊した年です。2年後には住専不良債権問題が起きました。本来、銀行の指導・監督を行う立場である、当時の大蔵省が大手銀行と手を組み不正を行っていたのです。そしてその補填に、政府が大切な税金を投じたのです。それを知った時、悔しさとともに、「とね君が総理大臣になって正しい政治をすればいい」という先生の言葉が、はっきりと聞こえました。銀行員ではこの日本の政治を変えられない。その思いを抱いていたとき、同じ志をもつ古川元久代議士と出会い、秘書として政治により近い場所に身を置くようになりました。銀行員を辞めなくても…と言ってくださる方もいましたが、両親から教わった「大志」が私の決断を強く後押ししてくれました。挑戦を見守り、励ましてくれる両親には、感謝しても、し尽くせるものではありません。

国政で、政治家として、どんな仕事がしたいですか? 

私には民主党にこだわる理由があります。自民党は約40年にわたり一党支配をしていました。一方で民主党は結党18年目。短い間でしたが政権交代も果たし、政権運営の厳しさも学びました。二年前、民主党への批判が強まる中で、身の保身を図り、無責任に離党していく一部の議員もいましたが、いま民主党があきらめてしまったら、また半世紀前の政官業、癒着の時代へ逆行することもあり得ます。それは断じて許せません。この国には、自民党と対峠する政治勢力が絶対に必要です。

私が政治家として実現したい社会。それはバランスの良い社会です。60歳、70歳の方が「老後が心配だからお金が使えない」と真剣に心配しているのが、残念ながら現在の日本。「お金を持っていても使えない。」「税金を納めていてもどこに使われているかわからない。」「働いても働いても豊かにならない。」そんな声が、自分自身の実感とともに、聞こえてきます。東京から見渡して物事が決まり、私たちの声が届かない政治を、もっと近くから、身近なところに、政治のきめ細かさを届けられる政治構造へと変えるのが、私の「国政でやりたいこと」です。まじめに働く人々が報われ、若い人が積極的に挑戦できる社会。しかしどうしても困ったときには政治が手をさしのべられる。そんな前向きに挑戦できる日本にしたいと思っています。

政治家としての仕事は、一朝一夕には叶わないことばかりですが、「とことんねばり強く」が私のスタイルです。もっと安心、もっと挑戦できる日本の実現に全力で取り組みます。

とね勝之プロフィール

とね勝之

■港区生まれ、港区育ち

昭和45年8月27日港区入船の船舶食糧品とね商店の長男として生まれる。
西築地小、愛知教育大学附属名古屋中学、滝高校を卒業。

■早稲田から銀行員へ、そして民主党結党に参加。

平成6年、早稲田大学政治経済学部卒業後、三菱信託銀行に入行。不良債権に、税金が投入される現場に直面し、政官業の癒着を実感。自民党一党支配を打破しなければ、日本の未来はないと確信し、民主党結党に参加。

■政治への夢を諦められず議員秘書に

平成8年、大蔵省を退官し、国政に挑戦した古川元久さんのはじめての選挙を手伝い、その後、古川元久代議士の秘書に。

■生まれ育った地元港区で、愛知県会議員選挙に立候補

平成11年、はじめて挑戦した愛知県議会議員選挙で惜敗した後、平成15年、2度目の立候補で当選。平成19年に2期目当選を果たし、2期8年県議として地方分権・教育・福祉政策に取り組む。

■民主党の旗を掲げ続け、ついに国政へ挑戦

平成24年、26年衆議院選挙に愛知4区(熱田、南、瑞穂、港)から立候補し落選。

とね勝之

事務所案内

民主党愛知県第4区総支部事務所

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